小西不動産株式会社/富山県南砺市井波
地域を魅力的にする取り組み
<取材日:2024年10月8日>
不動産からまちを面白く!
4年間に38軒の空き家と起業家をマッチング
・空き家を壊して新築するビジネスから、利活用する提案への転換
・所有者と起業・移住希望者の情報を集約し、マッチングの精度を高める
空き家を壊して新築するビジネスから、利活用する提案への転換
─社長のプロフィールと御社の沿革について教えてください
富山県南砺市井波で生まれ育ち、東京の大学を卒業後、地元に戻り住宅会社に20年間勤めました。もともと実家が不動産業を営んでおり、不動産の仕事もしたかったのですが、ちょうど就職氷河期の時代で募集がなく、新築がメインの住宅会社に入社しました。ただ、古い家を壊して新しく建て替えるという営業の仕事をする一方、地元の町は空き家がどんどん増えていき、井波の風情ある門前町の町家が壊されていく姿を見て、自分は今の仕事をこのまま続けていいのだろうかと考えるようになりました。そこで、父が高齢になったこともあり、2020年(令和2年)4月、会社を辞めて家業を継ぐことにしました。小西不動産は、私の祖父が創業してから約70数年、南砺市井波地域だけを対象にまちの不動産屋として商売をしています。
─家業を継いだ当時の井波はどのような状況だったのでしょうか
井波は、井波別院瑞泉寺の建立からその歴史が始まり、幾度の火災を乗り越えまち並みが形成されました。今でも、瑞泉寺の表参道にあたる八日町通りを中心に、約150名を超える彫刻師などの職人が暮らし、職人文化が残るまちです。
2020年12月末時点で旧井波町の井波地域の人口は4,313人、世帯数は1,698世帯で、そのうち空き家数は156軒で空き家率は9.2%でした。さらに、井波の特徴は、約8軒に1軒が借地ということです。大正14年の大火でまちが焼け野原になり、再建する過程で、大地主がまちづくりのために、自分の土地を提供して借地人に家を建てさせたという歴史があります。当社が管理している借地物件は約100軒ですので、地域の借地物件のうちの半数を代々管理してきたことになります。
家業を継ぐ前は、まだ、空き家は壊して更地で売却し、そこに新しく家を建てるという時代でしたが、私が継いだ時はコロナ禍が始まった時期で、建材の価格がどんどん上昇するウッドショックが起きました。新築を建てられる若い層が減っていき、更地にしても問い合わせもなく、土地が売れないという状況でした。
一方、空き家は増え、しかも借地が多く、町家や長屋は一度壊すと再建築できません。そのような空き家の課題を解決しつつ、家業を持続可能な商売にしていくために、どうしたらいいかということについて半年間ぐらい悩み抜きました。
─今の事業内容について教えてください。
当社の事業は、借地の管理と仲介業が中心で、そのほとんどが売買仲介です。売買にあたっては、先ほど述べたように、古い空き家を解体しても更地価格の方が解体費用より低い状況で、固定資産税も上がりますし草刈りも必要です。そこで、所有者には建物は壊さず、そのままの状態で売却することを提案し、200万円以下で市場に出します。すると、古い建物をかっこいいと思う方も多く、安く買って改修し、お店を出すというような流れが生まれてきました。
所有者と起業・移住希望者の情報を集約し、マッチングの精度を高める
─「アキヤラボ」の立ち上げの経緯と業務内容について聞かせてください。
自分たちが欲しい、そして地域に足りないと思うお店を井波に誘致しようと、起業家の募集と、起業までをサポートする「ジソウラボ」という団体が2018年に立ち上がりました。その情報を全国に発信していくと、パン屋さんやコーヒー店をやりたいという人の情報が集まりだしましたが、物件探しや場所の提供ができません。そこで私に相談があり、起業したい人への物件の紹介と、地域の空き家の課題を解決するチームとして、2020年の夏に「アキヤラボ」を創設しました※1。アキヤラボは、“空き家の相談窓口”と“起業・移住の相談窓口”の両方を一緒に行い、長年放置されてきた空き家を店舗や事業所としてマッチングさせていく方法で空き家を再生していきます。宅建業者ではありませんので、相談業務はアキヤラボ、重説や契約などの宅建業務は小西不動産が担うという役割分担をしています。
井波の不動産は、地元で70年以上の歴史がある当社が取り扱うことが多いですが、それ以外に、南砺市では空き家等対策推進委員会の井波担当の方もいますし、井波地域づくり協議会には空き家に関わる方たちがいます。それまでは別々に動いていましたが、一つにまとめたほうが速く進むと考え、彼らと一緒に組織を立ち上げ
ることにしました。当初は5名でスタートし、それぞれのネットワークの中から空き家情報や、井波でお店をやりたいという方の情報を集め、アキヤラボ内で共有し、ワンストップで解決する仕組みにしています。
その結果、2021年(令和3年)からの3年間で、売買又は賃貸した空き家は75軒にのぼります。
─非常に高い成果をあげられています。成功のポイントは何ですか。
マッチングをスムーズに進めていくには、いかに情報を独占するかということが重要だと感じています。そのために、アキヤラボを立ち上げたり、スモールエリアを設定し、徒歩で移動が可能な半径500mのエリアを定めて、それ以外は基本的にやりませんという打ち出し方をしています。
─空き家情報や移住希望者の情報はどのように入手しているのですか
地元で長く商売をしていますし、借地物件が多く、空き家の所有者は50代~70代の方が多いことから、空き家の売却の相談の約半数は当社に入ります。所有者に対しては、足を使い、地域の方の協力も得てアプローチをしていますが、無理やり説得することはせず、相談があれば誠意を持って対応し、その方の抱える課題がクリアした場合、当社かアキヤラボに連絡してもらうような関係づくりをします。
また、情報開示も重要です。アキヤラボでは成約情報をオープンにしています。それを見て、「あのぼろぼろの空き家が売れるのなら自分の家もお願いしてみようか」と思ってくれる所有者もいるようです。
─空き家の所有者に対しいろいろな方法を提案されています。
所有者が空き家を手放せない理由はいろいろあります。それぞれの事情に応じて所有者がアクションしやすくなるようにアイデアを出し、上手くいったものを6つのプランとして提案しています。
(1)借地権付き建物売買(「なりわいはじめ」):建物所有のリスクから解放されたい空き家所有者と、改装費用などもかかるため物件購入の初期費用はなるべく抑えたい起業家のために、借地権付き建物売買を行っています。土地建物所有権を底地と借地権付き建物とに分けて売買することで、所有者は建物所有リスクから解放され、起業家は通常より安く不動産を購入でき、固定資産税も上がりません。
(2)DIY型賃貸契約(「DIY育てる賃貸」)、(3)譲渡型賃貸契約(「借リテ持テル」):先ほど述べた75軒の成約実績のうち、売買が71%、賃貸が29%でした。賃貸物件は人気がありますが、所有者は改修費用をかけたくないため物件があまり出ません。しかし、価格を抑えて市場に出してもどうして売れない場合があります。そこで、所有者との話し合いの中で生まれたのがこれらの方法です。DIY型賃貸契約は、借主が好きなようにリフォームでき、かつ原状回復義務はなしとする契約形態です。譲渡型賃貸契約は、一定期間建物を借りて家賃を払い続けると、最終的に物件が手に入るという契約です。これらを使って、手放したいという所有者と、購入はハードルが高いのでまず賃貸からという起業家とのミスマッチを埋めることができます。
このような柔軟な契約形態以外にも、以下の方法で空き家の所有者や起業家を支援します。(4)地元民割引制度:井波出身の若者の起業を応援する割引企画で、井波地域在住または出身の方に対し、不動産を割引価格で提供します。(5)逆ドラフト会議:井波でお店を持ちたいという起業家を先に見つけ、その方に見合った空き家を探すという、今までとは逆の流れでマッチングをします。(6)空き家で蚤の市:空き家で頭を悩ますのが家財道具や遺品などの残置物。不要となった家財のリユースのために、空き家物件で蚤の市を開催します。
─具体的な事例について教えてください
50万円で市場に出していましたがなかなか売れない空き家がありました。そこで、月2万円でDIY可能、原状回復義務なしの賃貸物件として出すことにしました。所有者は、年間24万円で3年間貸せば、売却希望価格の50万円を超える収入が入ります。さらに、3年間借り続ければそのまま譲渡するという契約を付帯したところ、すぐに借り手が決まりました。借主も、賃貸だといくら手を入れても自分のものになりませんが、この契約であれば3年後、自分でリフォームした物件がそのまま手に入ります。ただ、3年後無償譲渡するとなると、贈与税の問題が発生しますので気を付ける必要があります。このDIY型兼譲渡型賃貸契約は既に2件の実績があります。
それ以外にも新しい事業オーナーがビジネスを始める際、改修費が多くかかる場合にはその分家賃を下げたり、所有者が改修するのであれば、その分家賃を上げたりすることで契約内容を調整します。
点から線、面に広がることで、人が人を呼ぶ循環が生まれる
─ビジネスを始めたい起業家をどうやって集めているのですか
一方、空き家を活用して移住したい、起業したいという20代~40代の方は井波以外の方がほとんどで、SNS等でも積極的に発信していることから、情報の約半数がアキヤラボに入ってきます
ジソウラボが起業家を集め、アキヤラボが活動の場を見つけるという役割でスタートしましたが、新しいお店がいくつか生まれ始めたタイミングで、全国ニュースなどに取り上げられ、それがきっかけに地域外からの問い合わせが増えました。そして、実際に井波に来て、まち並みを見て気に入り、さらに200万円以下の安い空き家もあるということで移住を検討していただいています。
空き家を再生したお店が10軒を超えると急速に人が集まりだします。点が線になり、さらに20軒を超えて面になることで、エリア自体の魅力が高まり、それが新たに人を呼ぶ、そのような流れになっている実感があります。最近は埼玉からの移住者が増えています。最初にコーヒー店を始めた埼玉の方が、「井波ってすごい面白い所だよ。一度来てごらん」と友人を誘い、その方も気に入ってここで起業を検討する、その様な循環が生まれています。
最近は自分に合った物件が出るのを待っている方が常時10組程度おられます。年間10軒前後空き家が出ますが、新規物件をホームページにアップすると、条件がよければ1週間以内に問い合わせが何件も入る状況になっています。
─交通が不便なまちでも県外から人を集めることができるとは驚きです
ここは交通の便は悪いので、誰もが来たいと思うわけではないでしょうが、その不便さを乗り越えて井波の魅力を感じてくれる方に来ていただいています。
初めて井波に来る方には、物件の案内より前に、まちを知ってもらうためにまち案内をします。その際、県外から来て起業された方のお店に行って会話をしてもらいます。こちらも、物件が安いからという理由だけで来られる、地域とのつながりのない方を案内するのは怖いところもあります。そこで、地元の方ともうまくやっていける方かどうかの判断をするためにも、まち歩きは必ず行うようにしています。その意味で、不動産屋は「まちの入り口」だと思います。まちにどういう人を入れるかという判断はとても重要で、当社の責任は大きいと感じています。そのため、新たに物件が出た場合、ホームページに載せる前に、井波で既に起業された方にまず情報提供し、その仲間に情報を送ってもらうようにしています。やはり、信頼できる方から紹介をもらった方が安心です。
─新規のお店が潰れないよう同業種の出店規制等されているのですか
人口が8,000人ぐらいの商圏で、同じ業態のお店ができて両立するのかという心配はありました。3年ほど前にパン屋さんが新規オープンし、1年半後にまたパン屋をやりたいという方が来られたので、最初に出店したパン屋さんに、そのような話があることを伝えると、「ぜひ呼んでほしい」とのこと。「僕らは単にお店でパンを売るだけではなく、井波にパンを食べる文化をつくっていきたい」、そのためには、「自分たちだけで頑張るよりも他にもできた方が売り上げも上がり、文化として成り立つのです」と言われました。コーヒー店の場合も同様に相談すると、同じことを言われました。
そして、最近、新しいお店同士が自主的にイベントを始めるという新たな動きが生まれています。これは、全く想定外の動きです。空き家という負の資産を利用してお店ができ、そこから新たなコラボイベントやお祭りが生まれる。ここにきて、まちの温度が急激に上がっているということを実感しています。
このような動きは最初から想定していたわけではなく、目の前の空き家を1軒1軒どうしたら処分できるか、利活用につながるかということ考え、積み重ねた結果です。それが、人と人とのつながりが深い井波なら、地域の人に可愛がってもらえるのでお店をやっていけるという評判が広がり、ある時期から“井波イコール空き家再生のまち”になっていきました。
─皆さんの取組みに対して行政からの支援はあるのですか
アキヤラボの活動に対して行政からの補助金はありません。逆にもらってしまうと制限がかかり、自由な活動ができなくなると思います。もちろん、空き家を購入した方が改修した場合の補助金はありますので、その場合は制度の紹介をしています。
─地域の課題を解決するための自主的なチームが次々生まれています
井波はもともと一向一揆の拠点で、大名に頼らず自分たちでまちをつくるという歴史があり、その気質を小さい頃から刷り込まれてきたのかもしれません(笑)。平成の大合併で、2004年に井波町がなくなり南砺市になりました。そうなるとどうしても行政サービスが低下するはずだという危機感をもった30代、40代の人たちが、自分たちで行政に頼らないまちづくりをしていこうという機運が生まれました。
今、井波では課題が見つかればどんどんラボができています。ジソウラボ(2018年)、アキヤラボ(2020年)以外にも、電車の通っていない井波の交通課題を解決するためのイドウラボ(2019年)、後継者不足という課題を第三者に繋ぎ、商売を続けてもらうためのケイギョーラボ(2022年)が立ち上がっています。
まちづくりは、地域に密着した不動産屋が中心となるべきだ
─他のエリアからまちづくりの依頼が入るのではないですか
このような仕事をしているとエリア外の方から手伝って欲しいと声がかかることもあります。しかし、エリアを広げると自分一人ではできなくなりますし、井波のまちづくりに関われなくなると本末転倒ですので、今後もエリアを広げるつもりはありません。他のエリアで同じような取り組みを考えている方には、私たちの取り組みを全てオープンにお伝えします。やはり、まちづくりは、地元が大好きで、地域の課題を解決したいという強い気持ちのある方が取り組むのがいいと思います。
まちづくりをするにはまちの不動産屋の存在は必須です。空き家の取組みを通じて地域活性化につながったという井波の成功事例をお伝えすることで、自分のまちでも実践したいという不動産屋が増えることを望んでいます。但し、それを担うのは外の人ではなく、地域の人であるべきだと思います。そのようなまちの不動産屋が地方に増えていけば地方自体が盛り上がっていくと思います。
※1 2022年に一般社団法人として法人化
小西 正明 氏
2020年に小西不動産(株)を継業。
「不動産屋は地域と一蓮托生の仕事」と奮起し、井波地域の空き家課題解決チーム「一般社団法人アキヤラボ」を起ち上げ、長年放置されてきた空き家を店舗や事業所としてマッチングさせていく手法で空き家再生を推進。
4年間で38軒にのぼる空き家を新店舗・新事業所へと仲介成約させ、井波に新たな風を呼び込んできた。
2024年より「井波ビジョン2040」を実現するためのまちづくり会社「NPO法人イナミライデザイン」の理事長を務める。
小西不動産株式会社
事業概要
不動産の売買、賃貸の仲介及び管理業。井波まちなか不動産ガイドを運営し、ものづくりに興味のある移住者や起業者と空き家所有者とをつなぎ、空き家再生を通じて、まちの活性化を目指している。