
「地方こそ成長の主役」
地方創生で考える日本の未来
人口の減少が加速するなか、東京圏への人口流入は相変わらず進んでいる。一方でそれは、地方から東京圏への人口流出が続いていることを意味している。そうしたなかにあって、独自の取り組みで新たな魅力を生み出し、少しずつ人口の増加に結び付け、地方創生を成功させている事例を紹介する。また、衰退する地方を支えるために、不動産業界が果たすべき役割についてもまとめた。
東京圏に集中する人口
日本の人口は2008年の1億2,808万人をピークに減少に転じ、2023年には1億2,435万人となり、ピーク時から実に370万人を超える人口が減っている。これは、2024年の都道府県の人口ランキング第10位の静岡県の人口(336万人)を超える減少数である。さらに、今から25年後の2050年には日本の人口は1億人を割り、9,708万人になるとの予測もある。
また、三大都市圏で見ても、図表1のとおり、東京圏には人口の転入が増え続けているが、大阪圏・名古屋圏でも、最近は人口が減少傾向にあり、三大都市圏以外はここ30年にわたって大きく落ち込んでいる。東京圏一極集中の構図にますます拍車がかかっているのは間違いない。
図表1 各都市圏における人口の転入・
転出の推移(プラスが転入超過)

しかし、「地方こそ成長の主役」という発想に基づき、地方創生を目指して活動し、堅実に成果をあげている地域も少なくない。そんな成功例を紹介していこう。
「地方創生」とは何か?
地方創生の成功例を紹介する前に、そもそも「地方創生」とは何を指すのだろうか?
地方創生は、人口減少・少子高齢化や都心部に人口が集中してしまう課題を解決し、地方を含めて持続可能な社会の創生を目指す取り組みのことだ。
そのためには、地元の魅力を掘り起こして観光地として再生させるという方法でもいいし、企業や大学を誘致するという方法もあるだろう。要は、それぞれの地方に適したやり方で、人の交流を盛んにしていくという試みだ。
たとえば最近の企業の誘致の例でいうと、台湾の半導体メーカーであるTSMCの進出で賑わう熊本県菊陽町、同じく半導体メーカーであるラピダスの工場進出に沸く北海道千歳市の事例があるが、大工場の誘致でなくても、中小企業を誘致したり、IT環境を整備してリモート勤務のしやすい地域を作ったりするということでもいいだろう。
ただし、リモート勤務については、コロナ禍で定着したかと思われたが、新型コロナウイルス感染症が5類に移行してから、企業が社員をオフィスに戻す動きが増えており、リモート勤務の広がりはそれほど楽観的ではない。
とはいっても、IT関連を中心にリモート勤務に向いている職種もあり、コロナ禍以前に比べれば、リモートで働く人たちも少なからずいる。
そうした人たちにとっては、地方に住んで、リモートで仕事をするというのは、やはり魅力的なワークライフバランスの姿である。
地方から若い人たちの流出が止まらないのは、地方に仕事がないからだ。空き家への転居補助やさまざまな支援があったとしても、そこに仕事がなければ、人は集まらない。逆にいえば、仕事があれば人は集まる。仕事を生み出せれば、人口減少に歯止めをかけ、地方活性化につながるといえるだろう。
では、各地で行われている成功例のいくつか(場所は図表2を参照)を紹介していこう。
図表2 本文で紹介している地方創生に取り組み
成果をあげている地域

「神山の奇跡」の成功例
徳島市から南西に20kmほどの山間部に位置する神山町は、1955年に周辺の村が合併してできた町。その当時は2万人ほどの住民がいたが、2010年代にその数は4分の1まで減少していた。そこで神山町では「素敵な故郷を作る」ことを目指して、さまざまな取り組みを始めた。その施策のなかの1つに、首都圏のサテライトオフィスを豊かな自然のあるこの町に誘致しようという試みがあった。
その骨子は、①サテライトオフィス(場所を問わない柔軟な働き方を実現)、②ワーク・イン・レジデンス(仕事を持った移住者、もしくは仕事を創出する起業者の誘致)、③神山塾(職業訓練・起業支援の実施)などを中心とした「神山プロジェクト」だった。このプロジェクトを成功させるために県主導で全国屈指の高速ブロードバンド環境を実現し、また古民家を活用するなどして、今では多くの企業がこの町に根づいている。
神山町の成功のポイントは、町に必要な人材を誘致し、職業訓練や企業支援を提供しながら、移住者と自治体の双方が満足できる環境を目指した点である。その他にも、「神山アート・イン・レジデンス」という芸術祭を企画し、観光客の集客にも力を入れた。これらの成果は「神山の奇跡」と呼ばれ、地方創生の代表的な成功例として知られている。
地元の産業をブランド化した地域
福井県鯖江市は、古くから「めがねのまち、さばえ」として知られ、国内シェア90%以上を誇るメガネフレームの産地だ。しかし近年、中国産の安価なメガネフレームに押され、廃業するメーカーも出てきていた。そこで、伝統を活かしつつ、新たな発展を目指して鯖江市が掲げたのは「若者が地元に残りたいと思えるまちづくり」だ。たとえば、人気モデルとコラボレーションしたメガネ中心のファッションショーを開催したり、「めがねミュージアム」や「めがねフェス」などのイベントを企画して、高級メガネフレームの販路拡大に成功した。鯖江市では、その他にもICT活用や地元の学生との連携、提案型市民主役事業など、若者が暮らしやすい街づくりを目指して雇用確保や人口増を実現している。
アウトドアグッズの聖地として知名度を上げているのは新潟県燕三条だ。もともと金属加工の工場が多数あり、ものづくりが盛んな地域だったが、ここも低コスト・大量生産などによる市場の変化で、廃業が増えていた。そこで三条市は、ものづくりの現場を開放して見学・体験できる「燕三条 工場の祭典」を企画し、これをきっかけに三条市は「ものづくりの町」という認知が広がり、この町で職人になりたいという若者が地域外からも訪れるようになっている。
豊かな自然を活かして復活した村
もともとあった豊かな自然環境を活かして地方創生に成功している例もある。
岡山市から北東に65kmほどの山中にある西粟倉村は「百年の森林構想」と呼ばれる地方創生施策によって、環境モデル都市として国からの選抜を受けている代表的な成功例だ。
西粟倉村は面積の約95%が森林で、そのうち約85%は人工林である。もともと林業の盛んな地域だったが、高度経済成長期以降の林業の低迷で、長期間にわたって人口が流出していた。そんな状況を打破するために2008年に打ち出したのが「百年の森林構想」だ。森林の継承を目的として、新たな起業を募った結果、30以上のローカルベンチャーが手を挙げた。
それをきっかけにして西粟倉村の豊かな森林資源を活用し、木材を利用した新商品の開発や新たな流通といった事業を積極的にサポートしながら、移住から事業拡大までの支援を行い、人口の増加につなげている。
芸術で地域に人を呼び寄せる
では、特色ある産業・文化のない地域や、豊かな自然が乏しい地域では、地方創生が難しいかといえば、決してそんなことはない。たとえば、新潟県の越後妻有地域は、芸術による町おこしを目指して、「大地の芸術祭」を開催していることで有名だ。この芸術祭では、地域で負の遺産になりがちな空き家や廃校を、積極的に芸術作品として再生利用している。
もともとこの地域は、そうした芸術とは縁のない地域だったが、発案者たちは、町民や地元の議員に粘り強く説明して理解を得て、2000年に初めて開催にこぎつけた。その初回から16万2,800人を集める成功を収めたが、来場者数は回を重ねるごとに増え、2022年は57万4,138人にまで拡大している。
この成功に影響を受けて、日本各地で芸術祭が開かれている。瀬戸内海の島々で3年ごとに開催される「瀬戸内国際芸術祭」や、岡山県北部の12市町村を舞台にした「森の芸術祭 晴れの国・岡山」なども地域を盛り上げており、若い芸術家がそれぞれの地域に移住する例も出ている。
小さな島でもできることはある
教育に力を入れて、町を活性化させた例もある。島根沖に浮かぶ隠岐諸島の1つ、中ノ島にある海士町は、かつては人口流出と高齢化で無人島化する危機に直面していた小さな島だったが、今は若い移住者が増え続けている町だ。
海士町に移住する人が増えたのは、移住支援金やテレワーク支援など支援策の提供だけにとどまらず、移住者を地域の新しいパートナーとして積極的に受け入れ、教育や観光、産業振興など、地域資源を活用したプロジェクト(仕事)を多数展開してきたためだ。なかでも、少子化のあおりを受けて、統廃合の危機にあった島唯一の高校が学区制を廃止し、全国から生徒を募集して地域留学を行い、独自性のある学びを提供することで生徒を集めて話題になったことはよく知られている。
成功例とそのまま
同じことをしてもダメ
これらの成功例から学ぶことは多いが、気をつけなくてはならないのは、成功例をそのままマネしないことだ。それぞれの地域には特有の文化や風習、人々の考え方など個々の事情がある。他の地域で成功したからといって、同じやり方が通用するとは限らない。
また、地方創生の最終的なゴールを地域の人口を増加させることと限定しないことも必要だ。長期的に人口が増えればいいが、短期的にはまず人の交流が増え、町に活気が戻ることが第一だ。
地方創生を後押しするために経団連が2021年に策定した「地域協創アクションプログラム」(図表3)は、地方自治体をはじめ地元の企業や大学、各種団体の多様な主体が連携し、創造性を発揮しつつ、地域資源やデジタル技術を活用していくことを目指していて、大いに参考になる。
図表3 2021年に経団連が策定した
「地域協創アクションプログラム」

地方創生のために
不動産業界ができること
それでは、地方創生の目的を実現するために不動産業界ができることはどんなことだろうか?
地域の特色や長所・短所を最もよく知っているのは、地域に根差した幅広い情報を持つ不動産業者だと言ってもいいだろう。そこで、あらためて地域の魅力を見直して、他にない特色を掘り起こし、自分たちの住む町の素晴らしさを不動産業を通して、内外にアピールするといい。
そのためには、常日頃から地元の企業や町おこしを行っている団体と密接に情報交換し、地域の人脈を広げるとともに、外部へ向けて広く情報発信していくことが必要だ。情報をインプットするだけでなく、SNSなどを通じてアウトプットに力を入れていくことが肝心だ。
他の地域から移住したいと思わせる住まいの環境づくりは、まさに不動産業者の努力にかかっている。空き家の活用だけでなく、若い人や小さな子供がいる家族が快適に暮らせる住まいを供給できる体制も必要である。
大事なのは、地域に雇用を生み出す起業を広げたり、外部から企業や大学を誘致することだけでなく、人的交流が活発になるような魅力的な活動を続けることだ。
地域に密着している不動産事業者が、そこで果たすべき役割は大きく、またいろいろなチャンスを見つけ出すことが可能である。今こそ知恵の絞りどころだといえるだろう。